長年謎だった「におい」の仕組みが解明された!

ミントのガムを噛んでいて,ふと思いました。

「においって,一体なんなのだろうか。」

生まれたときから自然ににおいを嗅いで生活してきたため,考えたこともなかったのですが,ふと疑問に感じました。

いい機会なので調べてみました。

明らかになった嗅覚の仕組み

においの仕組み

「におい」の正体

ずばりにおいの正体は,空中に浮かんでいる物質です。

「そりゃ当たり前だろ!」という声が聞こえてきそうです。

においの正体を正確に言い直すと以下のようになります。

においの正体:揮発性の低分子有機化合物

低分子化合物とは分子量がだいたい1万以下のものを指します。
におい物質の多くは分子量が20~400程度です。
有機化合物とは,炭素原子を基本骨格にもつ化合物です。

まあ,ざっくり言うと,わりと小さくて気体になりやすい物質ということです。
におい物質は約40万種類以上存在すると考えられています。
においは1種類の分子だけでできているときもありますが,多いときには数1000種類の分子が混ざり合ってできている場合もあります。
ちなみに,コーヒーのにおいは500種類以上の分子が混ざっています。

においを感じる仕組み

においを感じる仕組みは長い年月謎に包まれていました。
その仕組みが解明されたのは,ごく最近のことです。
コロンビア大学のアクセル博士とフレッド・ハッチントンがん研究所のバック博士によって解明されました。
その発見が論文として科学誌に載ったのは1991年です。
この功績により二人は2004年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

 

人間は約40万種類ある「におい」の中の1万種類くらいは嗅ぎ分けることができると言われています。

本当ですかね。

1万種類・・・嗅ぎ分けたとして,そのにおいの特徴一つ一つを表現できそうにありませんね。

それでは具体的ににおいを感じる仕組みを順序立てて説明します。

嗅覚受容体がにおい物質をキャッチする

鼻の奥にはひだ構造をした粘膜状の嗅上皮(きゅうじょうひ)があります。
そこには約500万個もの嗅神経細胞(きゅうしんけいさいぼう)が並んでいます。
嗅神経細胞の先端には嗅覚受容体分子(きゅうかくじゅようたいぶんし)がついています。
この嗅覚受容体分子(タンパク質)がにおい物質キャッチします。

嗅覚受容体分子を作る遺伝子を人は約400種類もっています。
そのため嗅覚受容体分子も同数持っています。
人の全遺伝子は約2万5千個なので,そのうちの2%弱がにおいを感じとる仕組みを作るために使われています。

500万個の神経細胞の先端にある嗅覚受容体の種類は400種類。
500万÷400=12500
計算上,嗅覚受容体は1種類につき1万数千個存在します。

「いろいろな種類のにおい物質は,どの嗅覚受容体にキャッチされるのでしょうか?」

におい物質は自分の一部がぴったりあてはまる形をしている嗅覚受容体分子にくっつきます。
凹凸のような感じです。

「人は400種類の嗅覚受容体分子を持つので,400種類のにおいを嗅ぎ分けることができるのでしょうか?」

そうではありません。

人は1万種類程のにおいを嗅ぎ分けることができると述べました。
400種類を嗅ぎ分けるだけでは少なすぎます。

「それではどうやって1万種類ものにおいを嗅ぎ分けるのでしょうか。」

においを受け止める嗅覚受容体とにおいは,1対1の関係で成り立っているわけではありません。

例えばにんにくのにおいが1種類のにおい物質でできていると仮定します。
にんにくのにおい物質が鼻の中に入ると,1種類ではなく数種類の嗅覚受容体が反応します。
嗅覚受容体とにおい物質の結び付き方は,多対多なのです。

多対多とはどういうことでしょうか。

におい物質1種類は数種類の受容体と結びつくことができます。
逆に受容体1種類も数種類のにおい物質と結びつくことができます。

お互いに浮気性で複数の恋人と付き合うような感じでしょうか。

そのため組み合わせ方が膨大な数となり,理論上1万種類の臭いをかぎ分けられるということになります。

におい物質を感知すると電気信号が脳内を駆け巡る!

嗅覚受容体がにおい物質をキャッチすると,電気信号が発生します。
この電気信号が嗅神経細胞を伝わって,まずは一次嗅覚中枢である 嗅球(きゅうきゅう)という部分に伝わります。

同じ種類の受容体から発生した電気信号は全て嗅球内にある特定の糸球体(しきゅうたい)という部分に集まっていきます。
受容体がにおい物質をより多くキャッチすれば,糸球体に送られる電気信号もそれに比例して多くなります。
糸球体に送られた電気信号の多さと,においを感じる強さは単純に比例するわけではないのですが,電気信号が多ければ,より強くにおいを感じることができます。
ただし,この電気信号の多さが10倍になったら,においも10倍強く感じるという単純な比例関係ではありません。

人間の五感における感覚量は受ける刺激の強さの対数に比例します。
(ウェーバー・フェヒナーの法則)
例)におい物質を97%取り除くと,当初の半分のにおいになったと感じます。

糸球体に集約された電気信号は原始的な脳と言われる大脳辺縁系に送られます。
大脳辺縁系は感情や本能を司る部分です。
大脳辺縁系は扁桃体・視床下部・海馬という部分を含んでいます。
これらは脳の中で感情表現や意欲,記憶に関わる部分です。
においを嗅ぐと過去の記憶が呼び覚まされたり,感情の起伏が生じたり,集中力に影響がでたりするのは,においの情報がダイレクトに大脳辺縁系に送られるためと考えられています。

五感の他の感覚は,嗅覚の仕組みとは異なります。
電気信号はまず視床大脳新皮質などを通ってから大脳辺縁系に送られます。
*視床は,電気信号をさまざまな場所につなぐ中継地点として働きます。
*大脳新皮質は,新しい脳であり理性をコントロールします。
ようするに,におい以外の感覚情報は,まず理性脳へ伝わった後に,感情脳に伝わります。

嗅覚は,五感の中で特別な感覚なのです。

好きなにおい,嫌いなにおい

経験から作られる好き嫌い

においの感覚は記憶や感情への結びつきが強いと述べました。
さまざまな経験や体験は,そのとき嗅いだにおいとセットで記憶されている場合があります。
辛い経験をした際に嗅いだにおいなら,そのにおいを嗅げばつらくなり,楽しい経験をした際に嗅いだにおいなら,そのにおいを嗅げばうれしく感じるのです。

遺伝子に記録されている好き・嫌いなど

東京大学生物化学研究室が行ったマウスの実験から,一つ一つの嗅覚受容体は,好きや嫌いといった「価値」情報を持つことがわかりました。

例えば,「バラ」というにおい物質が2種類の嗅覚受容体ABにキャッチされるとします。
Aは「バラのにおい」をキャッチする感度が強い受容体です。
Bは「バラのにおい」をキャッチする感度が弱い受容体です。

Aは「バラのにおい」をキャッチすると「好き」という感情を生みます。
Bは「バラのにおい」をキャッチすると「嫌い」という感情を生みます。
ABが同時に「バラのにおい」をキャッチすると「嫌い」という感情を生みます。

バラのにおいが薄い場合は,感度の高いAしかにおいをキャッチせず,マウスは「バラ」を良いにおいだと感じます。

バラのにおいが濃い場合は,AもBもにおいをキャッチし,マウスは「バラ」を嫌なにおいだと感じます。

1つ1つの嗅覚受容体は,「好き・嫌い」,「近づきたい・避けたい」といった情動や行動につながる価値情報を持っています。

においの種類や濃度によって,そのにおい物質をキャッチする受容体の種類や数は変化します。

においを嗅いだ後は,におい物質をキャッチした受容体同士がもつ「価値」情報が合算されます。

合算後に最終的に残った「価値」情報が,嗅いだ者の何らかの感情を呼び覚ますのです。
*もちろん,合算の結果,好きとも嫌いとも感じないにおいもあります。

まとめ

ふと思いつきで「におい」ってどういう仕組みで感じるのだろうと思って調べてみました。
最も身近で,毎日使っている感覚なのに,その仕組みが最近になって解明されだしたことや,その仕組みの複雑さにとても驚きました。

さらに研究が進んでにおいの仕組みが完全に判明すれば,他分野に活用することができそうです。

例えば,

・人の呼気のにおいから病気を素早く診断する方法
・最高によいにおいがする料理
・嗅いだ人を絶対好きにさせる香水
・嗅ぐと学習意欲や集中力が300%アップするお香

あたり前に使っている嗅覚。
その謎が少しわかって,すっきりしました。

 

【参考資料】
1.東京大学 大学院農学生命科学研究科&科学技術振興機構共同発表
「匂いの価値や質が決まるしくみを受容体レベルで解明」
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20190114/index.html

2.東京大学 大学院農学生命科学研究科
「におい分子を感知する嗅覚受容体の遺伝子の発見」
http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/biological-chemistry/profile/essay/essay05.html

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