子どもに対し,自分の夢を押しつけてしまう親がいます。
人生の中でもっとこうすればよかったという思いが強くあるのかもしれません。
夢を押しつけられ,結果的に上手くいった人生もあるでしょう。
しかし上手くいこうがいくまいが,子どもの人生をコントロールしてしまうのは間違った子育ての方法です。
親の夢を子どもの押し付けるのは間違っている
私の知り合いのエピソードで説明します。
親に夢を押し付けられた子どもの半生
ある男性のエピソード(仮名:さとる)
さとるの両親は大の野球好き。
プロ野球のお気に入り球団のファンクラブに入っています。
父親は,子どもころに野球選手を目指していましたが叶いませんでした。
「息子をプロ野球選手に育てたい!」
大の野球好きの母親も思いは一緒でした。
言われるがままにがんばった練習
さとるがまだ幼稚園のころから公園で一緒になって野球を練習させました。
さとるが小学校に入ると硬式野球のクラブにさとるを入団させました。
クラブでの練習以外にも,自宅の庭でバッティングフォームを確認しながら時間のある限り練習をさせました。
さとるは,正直,何のためにこんなに練習をしているのかよくわかっていませんでした。さとるは野球が好きでも嫌いでもなく,両親が必死になって「がんばれ,がんばれ」と言うので,その思いに応えたいという一心で練習に取り組んでいたのです。
学校の勉強についていけなくなった
さとるは小学校中学年くらいから,ちょっと勉強が難しくなってきたと感じていました。
学校でのテストの点数は,少しずつ落ちていきます。
さとるは勉強が嫌いではありませんでした。
なので,家で勉強する時間を増やしたいと考えましたが,両親になかなかそれを言い出せませんでした。
両親は,息子の成績に無頓着でした。
関心はもっぱら息子の野球の技術の向上,そして週末に行われる練習試合での息子の活躍でした。
ひたすら練習に打ち込んだ中学生活
この状況は,中学校に入っても変わりませんでした。
中学校にある野球部には入らず,硬式野球のクラブでの活動を続けました。
クラブにはさとると同じようにプロの選手を目指している子がたくさんいました。
小柄だったさとるは大柄で才能あふれるチームメートに対してコンプレックスを抱いていました。
そのころ勉強に関しては,もうほとんどの教科の学習が理解できないようになっていました。
甲子園目指して練習し続けた高校生活
高校は,甲子園出場常連の名門校に入学することができました。もちろん野球部に所属。プロ野球選手になるためにはチームのレギュラーメンバーに選ばれ,なおかつ甲子園に出場し活躍することが求められます。
さとるは,無我夢中で練習に励みました。
「自分がしたいから」ではなく「しなければいけないから」と感じながら。
自分は野球をがんばらないと生きていけないと思っていました。
チーム内メートからのいじめ
チームメートは仲間でもありますが競争相手でもあります。
表面上はチームワークよく見せていますが,その下ではドロドロした感情がひしめいていました。
監督にはばれないようにチーム内ではいじめが横行していました。
さとるは,いじめられていた部員を助ける発言をした次の日から,自分がいじめられる立場となりました。
いじめは半年も続きました。
自分の荷物や服がなくなる。
無視される。
グローブが水浸しになる。
さとるは,困ったときでもなかなか両親に頼ったり甘えたりしない子でした。
両親はさとるが弱気になるのを非常に嫌がるからです。
さとるはそれを両親の表情から敏感に感じ取っていました。
そんなさとるでも,ついに心が持たなくなり,自分がいじめられていることを両親に打ち明けました。
両親は憤慨し,さとるにこう話しました。
「いじめられないようにするために,野球の実力を上げ,いじめたやつを見返してやれ。おまえが,レギュラーの座を不動のものにしたら,いじめてきたやつらも態度を変えてくる。」
これは,父,母ともに同じ意見でした。
なんでいじめられたのか,誰がいじめてくるのか,両親は問うことはありませんでした。高校や,いじめをしてくる生徒の家庭に連絡をすることもしませんでした。
さとるは,両親が言う通り,必死に練習に打ち込みました。
そのうち,いじめの対象者は何をするでもなく他のチームメートに移っていきました。
結局,さとるの高校は甲子園に出場することはできませんでした。
さとるは最後まで補欠でした。
夢が潰えてから
両親は,野球を「がんばれ」と言わなくなりました。
そして急に大学受験の話をするようになりました。
さとるは,大学受験の問題どころか,小学校高学年の勉強もよくわかりません。
2年間浪人生活を送った後に,ある大学に進学しました。
正直,受験問題はほとんどわからなかったのですが合格通知がきたからです。
さとるはその後も「どうやって生きていけばいいかわからない。」と感じています。好きでもないのに必死でやらされていたものがある日を境に消え去ってしまい,残ったのはむなしさや戸惑いだけだったからです。
まとめ
これはさとる本人と両親から聞いた話です。
いじめられたときの両親のアドバイスの内容に,私は絶句しました。
「野球がうまくなればいじめられなくなる。」
この言い分だと「野球の下手なやつはいじめられて仕方がない。」となります。本人が困っている気持ちに寄り添うことなく,「いじめ」の本質にせまる解決法を示さず,ひたすら野球選手を育てたいという親の欲求を押しつけています。
親ならば誰しもが,少なからず子どもの将来の姿に期待を描くことでしょう。
しかし,気をつけなければ,さとるのように本人の気持ちを一切無視した圧力として働きます。
夢を押しつけたことを後悔しているからこそ,両親はこの話を打ち明けてくれたのですが,私は話を聞いて「ひどいね。」と正直な感想を述べました。
子どもを〇〇の選手,芸能人,有名大学出身にしよう,または自分の夢を継いでもらいたいと考えている保護者の皆様。
それは本当にお子さんが望んでいることですか?
健康で,楽しく,自分らしく,したい仕事について生きていけばそれで十分じゃないですか。
親とはまた違った自分らしい人生を送ることこそ,本人にとって幸福な人生なのではないでしょうか。